“野菜工場”に懸ける故郷の復興

2017-09-09

公明新聞:2017年9月9日(土)付

先端技術で栽培されたパプリカについて説明を聞く(右から)桜田誠子、伊藤啓二、渡辺の各市議

東日本大震災6年半
トマト、パプリカ大豊作 先端技術を駆使
宮城・石巻市

東日本大震災から明後日の11日で6年半の時を刻む。甚大な津波被害を受けた宮城県石巻市。同市北上町の先端技術を駆使した“野菜工場”では、トマトとパプリカが大豊作だ。被災地の復興を懸け、新しい農業に挑戦しているのは「デ・リーフデ北上」。2016年8月に栽培を始めてから、これまでの収量は予想を上回り、人手が不足するほどの好調ぶりを呈している。この陰には公明党の市と国のネットワークによる強力な後押しがあった。(東日本大震災取材班)

6年半前の「3.11」―。宮城県石巻市北上町は、北上川をさかのぼった大津波で、家も農地もすべてが濁流にのみ込まれた。あの日、株式会社デ・リーフデ北上の鈴木嘉悦郎社長は、自宅ごと流され「死を覚悟した」。変わり果てた故郷の光景に絶望するも、「自らの手で復興を成し遂げてみせる!」との誓いのまま走り続けてきた。

その集大成ともいえるのが、地元業者と共に実現させた大規模な農業施設である。モデルにしたのは“稼ぐ農業”を確立したオランダの次世代施設園芸。栽培過程を機械化し、情報通信技術(ICT)を活用して光や温度、二酸化炭素(CO2)の濃度などをコンピューターで管理するものだ。また、熱や電気は天然ガスを活用して供給。こうした先端技術による同国のトマトの収量は、実に日本の5倍以上となっている。

「デ・リーフデ北上」では、これらオランダの技術を日本型にアレンジ。1.1ヘクタールのガラス張りの温室には、所狭しとトマトの栽培設備が並び、パプリカを栽培する棟は1.3ヘクタールの広さを確保している。コスト削減のために、地元で出た廃材を生かした木質バイオマスの使用や地中熱を利用してエネルギーを供給。栽培には土を使わず養液で育て、温度や湿度などは自動的に環境制御されている。このほか、ハウスの柱を太くして台風被害を防ぐ対策も講じられた。

充実した施設で生産されたトマトは甘く、パプリカは肉厚となり、新たなブランドとしての販売促進をめざす。同社で働く阿部淳一さんは、「全く新しい施設を後世に残すことも復興の一つ」と“攻めの農業”につながる自身の仕事にやりがいを見いだしている。

被災地で雇用増に貢献

日本一の産地めざす 公明 ネットワーク生かし支援

公明党は、同施設の整備に当たり、ネットワークの力を生かして支援してきた。「故郷の農業を取り戻したい」という鈴木社長のあふれんばかりの熱意に触れた渡辺拓朗市議は、井上義久幹事長と連携。井上幹事長は「大打撃を受けた被災地の復興には、農業の復活が不可欠だ」と農林水産省に新規事業の必要性を訴えてきた。その結果、鈴木社長らの事業計画が、農水省の「次世代施設園芸導入加速化支援事業」に採択。建設費用の半分が補助される運びとなった。

施設が完成した後も、公明党の真山祐一衆院議員と農水大臣政務官だった矢倉克夫参院議員が訪問。事業の展開へ親身になって相談に応じた。鈴木社長は、「いち早く動いてくれたのが公明党」と感謝の言葉を述べている。

これまで、トマトもパプリカも計画していた収量の145%を突破した。収量の増加に合わせて従業員も増員し、正社員とアルバイトの数は47人。栽培の自動管理により農業経験がない人でも働くことができ、被災地の雇用創出に弾みをつけている。

日本一のパプリカ産地へ―。「デ・リーフデ北上」は、復興に向かう地域を支えるとともに、次なる目標に全力を注ぐ。