2015-08-21
○矢倉克夫君
公明党の矢倉克夫です。
会派を代表し、ただいま議題となりました刑事訴訟法等の一部を改正する法律案につき、上川法務大臣並びに山谷国家公安委員長に質問いたします。
十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれとは刑事裁判における原則ですが、人権保障と真実発見の双方を目的とする刑事訴訟法の制度設計に当たり、私たち立法府に課された使命とは、無実の罪を根絶しつつ真実を明らかにし秩序を保つことであり、まさに十人の真犯人を逃すことなく一人の無辜を決して罰しない、この点にあると考えております。
本改正案はこの難しい課題に向けた一歩である、このように評価をいたします。その上で、大事なことは、いかに適切な運用を図るかです。
以下、お尋ねいたします。
今回の法改正案に至る出発点は、従来の捜査が過度に取調べに依存し、裁判においても供述調書、すなわち犯罪捜査の取調べ過程における被疑者等の供述を記録した文書が結果的に重視される傾向にあった点を正すことにあると理解いたします。
密室での取調べを経て作られた供述調書は、違法な取調べが行われた場合はもちろん、いかに適正な取調べを経た場合であっても、その内容が真実か否かは慎重な対応を要します。裁判における供述調書への過度な依存を改めることは、真実は公開の公判廷で明らかにすべきものであるとの原則につながり、被疑者、被告人の裁判を受ける権利の確保にもつながります。
法務大臣より、取調べに依存した従来の刑事司法の在り方を変える今回の改正の狙いについて御答弁いただきたいと思います。
今回の改正案の最大のテーマは、捜査の可視化、見える化であると理解いたしております。
録音、録画による取調べの可視化がもたらす効果は主に二つ。まず、見られているという緊張感が捜査の適正化につながる点、そしてもう一つは、供述調書の任意性の立証が容易となる点、つまり、可視化された状態で取得された供述調書であれば被疑者、被告人を威圧し供述させたものではないだろうとの推測が働くため、供述調書の内容である供述は任意になされたものであることの立証が容易となる点であります。
しかし、仮に可視化によりこの任意性の立証が容易となったことをよしとして供述調書がより偏重されるようなこととなれば本末転倒です。可視化の趣旨は、どこまでも捜査の適正化であり、供述調書の任意性を補完する手段ではないとの原則に立ち条文解釈や運用をなすべきであると考えますが、法務大臣の御見解をいただきたいと思います。
改正案は、可視化されるべき対象事件を裁判員対象事件と検察独自捜査事件といたします。ただ、法制審による平成二十六年九月十八日付け答申では、その附帯事項において、法制化の対象とならない事件についても、実務上の運用において、可能な限り、幅広い範囲で録音、録画がなされることを強く期待する旨の記載がなされており、事実、検察、警察双方において、運用上、裁判員対象事件と検察独自捜査事件を超える範囲の事件について取調べの録音、録画をする努力がなされております。
今回の法改正案提出を契機として、更なる可視化の拡大について、法務大臣の御見解をいただきたいと思います。
供述調書偏重は是正すべきものである一方、被疑者、被告人の供述から共犯者や首謀者の存在その他が明らかとなる事実は否定し得ません。従来、取調べが時に過酷なものとなった要因として、共犯者や首謀者等の存在に関する供述を得る手段が取調べによる説得しかなかったという事情もございます。
改正案が導入を目指す合意制度は、いわゆる司法取引類似の制度として、捜査全体における取調べの比重を減らす意味で評価できます。他方、既に衆議院でも議論されているとおり、合意制度は、自らの刑事責任を逃れるため他人を巻き込む、いわゆる引っ張り込みの危険がございます。
そこで、二点お尋ねいたします。
法制審や衆議院での議論にもありましたとおり、合意制度における合意に基づく証言の信用性は低いものであり、法曹三者のうち、とりわけ検察は、この供述を立証に用いるに当たり十分な裏付け証拠を確保する必要があります。検察が、既に収集されている証拠に沿う形で合意に基づく供述をつくり上げ、その上で既に収集されていた当該証拠を裏付け証拠と提出することのないよう、裏付け証拠の信用性に関しても厳格な運用を求めるべきと考えますが、この点に関して法務大臣の御所見を伺います。
巻き込みの危険を回避するためには、合意が適正になされたか、被疑者、被告人が無関係の第三者を巻き込んでいないか、検察側から不当な誘導等はなかったのか等、合意の形成過程を巻き込まれた可能性のある他人の刑事事件の公判において検証する必要があります。そのために、合意の経緯を示す記録を保管することは重要であり、保管期間を含め適切にルール化する必要がございます。この点に関し、法務大臣の御所見を伺います。
次に、通信傍受について、今回、いわゆる振り込め詐欺などによる深刻で組織的な財産犯罪や、暴力団やテロ組織による人の生命、身体への重大な危険を及ぼすであろう組織犯罪、あるいは通信技術の発達とともに被害が深刻かつ回復し難いほど拡大しつつある児童ポルノを念頭に通信傍受の対象事件を拡大したことは、犯罪の重大性や傍受の必要性を勘案し、妥当と考えます。
他方、濫用によるプライバシーへの過度な侵害を避けるべきことは当然であり、特に、従来認められていた立会人による立会いを、事業者の負担や傍受への事実上の障害を勘案し、なくした点がいかなる影響を及ぼすか、慎重に議論されるべきものであります。従来の立会人の果たした役割を今回の改正案は制度的にいかに代替、担保しているか、法務大臣より御答弁いただきたいと思います。
また、立会人がその場に存在したことが捜査側に心理的プレッシャーを与え、濫用を抑止していたという御意見もあります。立会いがいない状況で、果たして通信傍受が適切になされたかを事後的に検証することを含め、濫用を防止する仕組みが重要となりますが、その運用を含む在り方について、制度を主に運用する警察のお立場から、山谷国家公安委員長より御答弁をいただければと思います。
法案が、被害者を始めとする証人の負担軽減や安全確保のため、ビデオリンク方式による証人尋問の拡充や証人に関する情報の保護を規定した点を評価いたします。他方、とりわけ犯罪被害者保護については、このような裁判制度における負担軽減という側面のみでなく、精神的また経済的支援が重要であることは言うまでもありません。
犯罪被害者保護は全省的に取り組むべき問題でありますが、内閣の一員として法務大臣は、この犯罪被害者保護に向け、今後どのように取り組まれるのか、決意をお尋ねしたいと思います。
冒頭申し上げましたとおり、我々立法府に課された使命は、無実の罪を根絶しつつ真実を明らかにし秩序を保つことであります。その意味で、今回の法改正は重要な一歩でありますが、まだ出発点です。委員会における充実した審議を通じ、適切な運用を担保することにより、人権保障と真実発見を共に満たす刑事司法実現に寄与することをお誓い申し上げまして、私の質問といたします。
ありがとうございました。
○国務大臣(上川陽子君)
矢倉克夫議員にお答え申し上げます。
まず、従来の刑事司法の在り方を変える本法律案の狙いについてお尋ねがありました。
現在の捜査、公判は、取調べ及び供述調書に過度に依存した状況にあり、このような状況は、取調べにおける手続の適正確保が不十分となったり、事実認定を誤らせるおそれがあると考えられます。本法律案は、このような状況を改め、より適正で機能的な刑事司法制度を構築するため、証拠収集手続の適正化、多様化と公判審理の充実化を図ろうとするものです。
次に、取調べの録音・録画制度の趣旨及び運用についてお尋ねがありました。
取調べの録音、録画には、被疑者の供述の任意性等についての的確な立証に資する、取調べの適正な実施に資するという有用性があり、これらはいずれも重要なものであると考えています。本制度は、これらの録音、録画の有用性を我が国の刑事司法制度に取り込むことによって、より適正、円滑かつ迅速な刑事裁判の実現に資することを趣旨とするものであり、真犯人の適正、迅速な処罰とともに、誤判の防止にも資するものと考えています。
本制度の運用に当たっては、以上のような趣旨を踏まえて、条文の規定に従って適正に録音、録画を行うべきものと考えています。
次に、取調べの録音、録画の今後の拡大についてお尋ねがありました。
検察においては、平成二十六年十月から、運用による取調べの録音、録画を拡大し、事案の内容や証拠関係等に照らし、被疑者の取調べを録音、録画することが必要と考えられる事件については、罪名を限定せず、録音、録画の試行の対象としています。今後とも、本法律案の録音・録画制度の対象とならない事件も含めて、積極的に録音、録画に取り組んでいくこととしているものと承知しております。
そして、本法律案の附則においては、本制度について、施行後三年が経過した後に必要な見直しを行う旨の検討条項を設けています。見直しの方向性については定められていませんが、運用によるものを含め、取調べの録音、録画の実施状況等を勘案しつつ、制度の趣旨を十分に踏まえて検討を行うことが重要であり、これまでの経緯等を踏まえると、取調べの録音、録画についての取組が後退するようなことはないものと考えています。
次に、合意制度の下での合意に基づく供述の裏付け証拠の収集の在り方についてお尋ねがありました。
合意に基づく供述については、裁判所に警戒心を持って評価されることから、裏付け証拠が十分にあるなど積極的に信用性を認めるべき事情がない限り、信用性は肯定されないと考えられます。そして、既にある証拠に合わせて供述を求めることは可能であることから、合意に基づく供述が既に収集されている証拠と整合するというだけでは足りず、合意に基づく供述を得た上で更に捜査をしたところ、捜査官の知り得なかった事実が確認され、あるいは供述中の重要部分について裏付け証拠が新たに得られたなどの事情がなければ、積極的に信用性を認めるべき事情があるとは言えないと考えられます。
検察においては、これらを踏まえ、合意に基づく供述について十分な裏付け捜査を行うこととなるものと考えています。
次に、合意の経緯を示す記録の保管の在り方についてお尋ねがありました。
一般に、捜査において重要な事項については適切に記録がなされるのが当然であって、現になされているものと承知しております。合意制度における協議についても、自由な意見交換などの協議の機能を阻害しないとの観点をも踏まえつつ、その過程で重要なポイントとなる事項については当然に記録がなされ、これが適切に保管されることとなると考えています。この点については、御指摘をも踏まえて、検察内部の指示文書等により周知徹底がなされるようにしたいと考えています。
次に、特定電子計算機を用いる通信傍受の手続において、現行法で立会人が果たしている機能がどのように確保されるのかについてお尋ねがありました。
この手続では、立会人の役割のうち、傍受のための機器に接続する通信手段が傍受令状により許可されたものに間違いないか、許可された期間が守られているかをチェックする点は、通信事業者が、傍受令状により許可された通信手段を用いた通信を、許可された期間に即して特定電子計算機へ伝送することにより担保されることとなります。
また、傍受が適正に行われたかどうかを事後的に検証できるようにするため、傍受をした通信等について全て録音等の記録がなされているかや、該当性判断のための傍受が適正な方法で行われているかをチェックし、裁判官に提出する記録媒体の封印を行う点は、特定電子計算機が、傍受をした通信を自動的に、かつ改変ができないように暗号化して記録することによって担保されます。
このように、立会人がなくても通信傍受の適正を担保できる手当てがなされています。
最後に、犯罪被害者保護に向けての取組についてお尋ねがありました。
犯罪の被害に遭われた方々やその御家族、御遺族の方々の声に真摯に耳を傾け、その保護、支援に取り組むことは極めて重要であると考えています。犯罪被害者等基本法の理念にのっとり、犯罪被害者やその御家族、御遺族の方々に寄り添い、その権利利益の保護を図るための各種制度を適切に運用し、きめ細やかな対応に努めてまいります。(拍手)