2020-07-30
野村総合研究所 上席研究員 森健 氏
野村総合研究所は3年に1度、「生活者1万人アンケート」を実施している。この調査で、自分の生活レベルを「上/中の上」や「中の中」と回答する人の割合が2009年ごろから増えている。国内総生産(GDP)の成長率や賃金は横ばいなので、それらに表れない意識の向上が見られている。この時期、日本で起きたこととしてスマートフォンの登場がある。スマートフォンは生活を劇的に変えた。デジタルの利活用が生活満足度を上げているのではないかと考えている。
商品やサービスの価格とは別に、消費者がここまで支払ってもよいと考える「支払い意思額」という概念がある。価格と支払い意思額の差が経済学でいう消費者余剰、つまり消費者が感じる「お得感」である。一方、商品やサービスの生産にかかったコストと価格の差は生産者余剰、すなわち企業の利潤となる。生産者余剰はGDPに計測されるが、消費者余剰は計測されない。GDPが伸びていないにもかかわらず生活満足度が上がっているのは、GDPに含まれない消費者余剰が拡大しているからではないかと見ている。
デジタル化は、価格やコストを押し下げる効果がある。最安値の店舗を簡単に見つけられる価格比較サイトや、複製コストがかからない音楽や映像などのデジタルコンテンツの普及がその例だ。これらも消費者余剰の拡大に寄与している。
また、無料のデジタルサービスも莫大な消費者余剰を生み出している。私たちはLINEなど無料のSNS(会員制交流サイト)について、「あなたは月いくらまでなら支払えるか」あるいは「あなたに月いくら払えば1カ月間利用をやめられるか」と尋ねた。二つの質問の回答の中間に正解があるのではないかと考えたためだ。
結果、LINEであれば1500円~2000円が支払い意思額だろうと見ている。こうした調査からLINE、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムの四つのSNSが年間20兆円の消費者余剰を生み出していると考えている。
世界各国のGDPと生活満足度との関連を見てみると、所得が低い国では所得が上がるほど生活満足度も上がる。しかし、1人当たりのGDPが2万ドル~3万ドルを超えてくると、生活満足度との関わりはなくなってくる。そこで私たちは、GDPに消費者余剰がもたらす精神的充足度を加えて評価する「GDP+i」という概念を提唱している。GDPを横軸、消費者余剰を縦軸で捉え、グラフで表示するものだ。
デジタル化は生活満足度を高める重要な役割を果たしている。私たちは社会のデジタル化を評価する指標として、デジタル・ケイパビリティ・インデックス(DCI)を考案している。
インターネットの利用頻度やブロードバンドの普及率、自治体の手続きがオンライン化されているか、高度なITスキルを保有する人材がどれぐらいいるかなどを基に評価する。このDCIを都道府県別に見ると、DCIが高いところほど生活満足度も高くなるという相関関係があった。DCIを高めることがGDP+iの横軸(GDP)と縦軸(生活満足度)の向上につながる。